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鈴木 将史スズキ マサフミ

所属部署名
言語センター
職名理事・副学長メールアドレス
生年月日ホームページURL
電話番号(代表)0134-27-5206
メッセージ
教員紹介ビデオ
Last Updated :2019/03/13

研究者基本情報

学歴

  •  - 1989年, 北海道大学, 文学研究科, 独文学
  •  - 1981年, 北海道大学, 文学部, 文学科独語独文学専攻

学位

  • 文学修士(北海道大学)

所属学協会

  • 中国・四国独文学会
  • 北海道ドイツ語学・文学研究会
  • 広島ドイツ文学会
  • 北海道ドイツ文学会
  • 日本独文学会

委員歴

  • 中国・四国独文学会, 一般会員
  • 広島ドイツ文学会, 一般会員
  • 北海道ドイツ文学会, 幹事
  • 日本独文学会, 理事

経歴

  •   2002年10月,  - 現在, 小樽商科大学言語センター教授
  •   1991年10月, 小樽商科大学言語センター助教授
  •   1991年04月, 小樽商科大学商学部講師
  •   1989年,  - 1991年, 広島大学文学部 助手

研究活動情報

研究分野

  • ヨーロッパ文学

研究キーワード

    ドイツ文学, ゲルハルト・ハウプトマン ドイツ祝典劇 ドイツ国民記念碑

MISC

書籍等出版物

講演・口頭発表等

  • 「ドイツ近代国民記念碑について(2)」
    北海道ドイツ文学会,   2008年
  • ドイツ近代国民記念碑について−フリードリヒ大王記念像からヘルマン記念像まで−
    北海道ドイツ文学会第 61 回研究発表会,   2005年12月
  • ベルリン総合教養紙『フォス新聞』の系譜
    北海道ドイツ文学会第 50 回研究発表会,   1999年12月
  • 「ドイツ文学における『 重婚』の モティーフ −G−ハウプトマン" Der Schuss im Park" を中心に−
    北海道ドイツ文学会第 35 回研究発表会,   1992年07月
  • ドイツ世紀転換期文学に現れる『聖杯』のモチーフと Jugendbewegung
    日本独文学会 1990 年度秋季研究発表会,   1990年10月
  • ドイツ文学の『日の出前』− ゲルハルト −ハウプトマン受容前史
    広島独文学会第 46 回研究発表会,   1990年02月
  • G.ハウプトマンの『エルガ』における能動的エロスについて
    北海道ドイツ文学会第 21 回研究発表会,   1985年07月

競争的資金

  • 20世紀ドイツ国家・国民意識との関連における国民祝典劇・記念碑の最終形態を探る
    文部科学省, 科学研究費補助金(基盤研究(C)),   2012年 - 2014年, 鈴木 将史
  • 近代ドイツ国家意識を背景とした国民祝典劇・記念碑の発展と衰退を探る
    文部科学省, 科学研究費補助金(基盤研究(C)),   2008年 - 2011年, 鈴木 将史, 本研究の最終年度となる本年度は、今までの研究成果を踏まえつつ、成熟し切った国民祝典劇・国民記念碑の形態を、第一次世界大戦前まで分析・考察した。成熟期を経たドイツ国民祝典劇は、19世紀転換期から20世紀にかけて、懐古的で反動的な内容や、風刺的内容を見せ始めるが、本年度はその実態の究明に最大の重点が置かれた。最終段階を迎えた祝典劇には、様々な形態が現れ、新たに即位した皇帝ヴィルヘルムII世の意向も加わり、一部の祝典劇は作品の様式美を追求し、宮廷を礼賛する傾向が再び顕著になってくる。そうした作品の代表的なものが、フランツ・ビュットナーの『ドイツの聖ミヒャエル』(1896)とヨーゼフ・ラウフ『城塞伯爵』(1897)である。いわば「先祖がえり」したともいえるこれらの祝典劇の根本的特長とその精神的背景を、本研究では第一次世界大戦を前にして急速に高まりつつあったドイツ愛国精神に見出した。同時に、20世紀に入り爛熟期を迎えた祝典劇に「パロディ祝典劇」が登場するのも興味深い。当時流行し始めたベルリン・キャバレー文学は、時の社会精神を椰揄することをその旨としたわけであるから、愛国精神の文学的発露であった祝典劇を風刺しない筈がなかった。従って、その代表的存在であった小劇場「シャル・オント・ラウフ」や「ベーゼ・ブーベン」が創り上げたパロディ祝典劇の数々には、愛国精神を冷ややかに傍観し笑い飛ばす強烈な...
  • 近代ドイツにおける精神的及び物質的モニュメント(祝典劇・記念碑)の諸相を探る
    文部科学省, 科学研究費補助金(基盤研究(C)),   2005年 - 2007年, 鈴木 将史, 本研究は、近代ドイツにおける精神的モニュメント(祝典劇)及び物質的モニュメント(記念碑)を有機的に関連させながら並行して研究するものである。17年度は、ドイツ宮廷記念碑からドイツ近代国民記念碑への過渡的モニュメントであるベルリンの「フリードリヒ大王記念像」、ドイツ近代国民記念碑の嚆矢と目されるベルリンの「クロイツベルク記念碑」及び、国民記念碑の象徴とされるデトモルトの「ヘルマン記念像」を採り上げ、それらの分析からドイツ近代国民記念碑の諸特徴を抽出することができた。18年度は主に祝典劇分野について研究を進めた。ドイツにおける祝典劇は、15世紀末から16世紀にかけて興隆した人文主義時代にその胎動が認められる。その先駆者はロイヒリン、ロッヒャー、ツェルティスといった代表的人文主義者たちで、とりわけロッヒャーは当時の神聖ローマ皇帝マクシミリアンI世を賛美する『フランス王国物語』で宮廷祝典劇の原型を創出し、ツェルティスは、『ディアナ劇』により早くも宮廷祝典劇の完成型を世に送り出した。これらの祝典劇の成立背景を18年度は考察した。19年度は更にバロック時代まで下り、ローエンシュタイン『アルミニウス』、J.E.シュレーゲル『ヘルマン』に見受けられる「宮廷祝典劇」から18世紀半ばに設立され出す「国民劇場」により出現が期待された「国民祝典劇」的要素を分析し、19世紀初頭に書かれたクライスト『ヘ...
  • 19世紀転換期ベルリン文壇の諸相を探る-フォス新聞研究を中心に-
    文部科学省, 科学研究費補助金(基盤研究(C)),   1999年 - 2000年, 鈴木 将史, 本研究では、ドイツで最古の伝統を誇る『フォス新聞』の変遷と、新聞を中心媒体とした世紀転換期ドイツ文壇の状況を明らかにすることを目的としてきた。その結果として、以下に列挙する事項が明らかとなった。-(1)『フォス新聞』はベルリン最古の印刷新聞『フリッシュマン新聞』(1617)にまで遡る歴史を持ちながら、フォス新聞社自身の認識では、1704年に新聞発行を引き継いだリューディガーを創業者と見なすことにより、それ以前の複数の新聞発行者達及びその新聞との直接的な関係を否定していること。即ち『フォス新聞』自身が様々な内部抗争の末リューディガーにより「統一」された事実。-(2)1748年までの当局による厳しい検閲により、国内政治報道は規制され、その代償として、やむなく文芸欄を中心とする教養記事の充実を図らざるを得なかったこと。つまり、政治記事の挫折から文芸記事へと逃避していった過程は、直後に勃興するドイツ・ロマン主義を克明に先取りしていたこと。-(3)政治的主張に固執しない教養主義的編集方針故に可能となるのだが、ある時期は民衆寄り、またある時期は政府寄りという具合に社会情勢の流れを敏感に感じ取った巧みな紙面を構成したこと。-(4)教養欄が依然として高い水準を保っていたにも拘わらず、予想外の早い廃刊を迎えるが、その背景として、1911年に新聞経営権がフォス家の流れをくむレッシング家からウルシ...
  • ドイツ19世紀転換期文学研究
  • ドイツ近代祝典劇研究
  • ドイツ近代国民記念碑研究

教育活動情報

担当経験のある科目

  • ドイツ語Ⅰ・Ⅱ, 小樽商科大学
  • 外国語コミュニケーション, 小樽商科大学

その他

所属部局ホームページ

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